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タウンモビリティとまちづくり

協働のプロセスにFJCが関与する意義

私が、まちづくりに関わり始めたきっかけも、FJCでした。地元で活動をしていたときに、FJCとして公的な会議に関わることになります(北陸新幹線飯山駅周辺都市空間デザイン会議)。

このとき初めてまちづくりに関わったのですが、すまいづくりと同じように、使い手の目線を持つことが、FJCとしての使命だと気づかされました。また、一人では何もできない、ハードにつながるソフト面の関わりも大切なのだ、ということも改めて感じたのです。ハード面の検討が進む場に入り、住まい手の関わるチャンスが少ないことを知り、市内のケアマネ等に独自にインタビューをしたりして、地域の高齢者のモビリティに関するニーズを具体的に知るようになりました。そのような中「タウンモビリティ」の動きを知り、提案や実験をしていきます。その中で、松本大学の皆さんとともに活動したときのレポートを掲載します。


安心して住み続けられる地域をめざして〜「タウンモビリティ」の可能性

私は今、福祉住環境コーディネーターとして活動しています。すまいづくり〜まちづくりの一連の流れの中で、タウンモビリティと出会いました。手すり一本からはじまるかたちづくりの中で思うのは、使い手の目線に立てたとき、初めて気持ちの高まりを共有できる、そのプロセスに醍醐味を実感できる、ということです。ですから、松本大学の皆さんの地区での地道な活動に思いがけず同行させていただけた日のことは、とても印象に残っています。

「モビリティは人とまちを元気にする!」

 今日のおかずは何にしようか? あの店のネコは元気かな? 孫に小遣いでもやろうか。そんな一つ一つのことが明日への楽しみになり、暮らしの原動力になるのではないでしょうか?  でも、まずベッドから車いす、室内から室外、そしてまちへ。高齢になっても障がいを持っても、行きたいときに行きたい場所に行ける環境整備はまだ途上といえます。安心して暮らし続けるためには、バリアのない<まち><すまい>、そして<モビリティ(移動)>が必要なのです。

まちなかの移動支援システム〜タウンモビリティとは?

 人口減少の時代に入りました。都市を持続可能にするために、郊外開発を抑制、市街地のスケールをコンパクトにし「安心して安全に歩いて暮らせるまちづくり」が求められています。
 そんなとき移動が困難な方々をしくみとしてサポートできるのが「タウンモビリティ」です。長距離の移動が困難な人に車いすやハンドル型電動車いす・ベビーカーなどを貸出すことで、一人または付き添い同行のもと、まちなかの商店街や観光地で自由に買い物などを楽しむことが出来ます。イギリスで普及しているショップ(買い物)モビリティの概念を広げ、日本ではタウン(まち)モビリティとして、1996年に白石正明氏によって広く紹介されました(※2)。2005年から白石氏が中心となって「タウンモビリティ全国研究会」も開かれています。(※3)。研究会では各地で熱い思いを持って活動している方々から、商店街・観光地・病院などでの効果が報告されています。

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「あと50m」をサポートする理由

 白石氏によれば、荷物を持っていない杖利用者が休まずに歩き続けられる距離は50mだそうです(※1)。車社会ですから、まちなかでは大きな駐車場が店やイベント会場から少し離れている場合も多いのですが、例えば現在の私の活動エリアである飯山市では、駅から病院まで300m離れているだけで、タクシーを利用する方も結構いらっしゃいます。高齢者は歩く速度も遅いので300m杖を使って歩くことを想定すると15〜20分かかるわけです。バスもなかなか来ないですし、運賃の負担がかさんでもタクシーで行くという気持ちはわからなくありません。

 行きたいところの直前50mの安心を確保できなければ、参加の機会は失われてしまいます。移動できなければ、いつも誰かにお願いをしなければなりません。自らの意志による移動が連続できたときに、その方の本当の目的は実現するといえましょう。モビリティは手段でしかないのです!

まちづくりで介護予防

 タウンモビリティの効果については、国内でも既に多く報告がなされています。ステーションはお年寄りや地域の人々の交流サロンになっていたり、社会参加の機会が増えて、商店街が活性化していたりするそうです。賑わいの取り戻しにも一役買っているというわけです。確かに、食材を自分で確かめたり値引きをお願いしたりすることもまた買い物の楽しみですし、移動ができれば、銀行で自由にお金をおろすこともできるのです。外国の例では、知的に障がいがある方や両足が麻痺の方でもまちなかで一人で移動されていました(※1)。

 暮らしは連続しています。買い物、料理、食事、団らん…できない部分はお願いしながらであっても、自らが主体的に選択し、トータルにスムーズに自分らしさを実現できるなら、気持ちにハリを生み出します。それは生活の質(QOL)の向上につながり、閉じこもりや廃用症候群の予防もなるのではないでしょうか。

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地域のなかで

このシステムは日常的な場で多くの人の目に触れることで、一層可能性が広がります。例えば、まちなかに介護・健康・住環境相談ができたり、ふらっと遊びに行くと誰かがいる場所があるというのは、安心なまちづくりの発端になるのではないでしょうか?

 が、そういう場所づくりには恐らくマニュアルやモデルはありません。そのまちや住まう人々によってたくさんの試行錯誤が必要だと思います。大切なのは、性別や世代・立場を超えて、思いや認識を一つ一つ共有していくことだと思うのです。

多主体協働

例えばこのシステムを成り立たせるためには、安全対策が必至です。それは、ハード面だけでもソフト面だけでも完結しません。広島では地元町会のシニア・ボランティアの方々が積極的に関わっていらっしゃいました。ソフト面として担い手が育ち、ハード面としてまちや建物の改善、公共交通との連携なども同時進行でなされてこそ、システムは地域に根ざしたものになるのでしょう。

 このように現場では、住民・行政・企業・NPO・ボランティア・商店街など、多様な人々の連携・協働が求められますが、私はそのとき、無理なく楽しく積極的に関われる雰囲気づくりはとても重要だと思います。一人一人の小さな実感を丁寧につなぎ、まとめ、発信していく。そういう地道な作業の積み重ねもまた、その地域にとって、かけがえのない大切なプロセスになると思うからです。

住まい手目線のコーディネーター

松本大学の皆さんとともに歩いた後、町会の皆さんと談話しました。今、どう暮らしているか?これからどう暮らしたいか?などを伝え合うとき、学生さん達は見事にニュートラルな立場でそこにいて、同じ目線で共感しながら話し合いを進めていました。そのとき私は、自らが目指す限りなく透明に近い接着剤の、一つのあり方を知ったのでした。

 でるときはするし、できないときは頼れる。担い手であり受け手でもある支え合いの関係。住み慣れた地域の中で一人一人の心の中に生まれるあたたかなもの。それはきっと、私達の人生においてもかけがえのないものでしょう。私はそういった目には見えない大切なことに向き合える、それこそが「タウンモビリティ」の大きな可能性だと思えてなりません。


※1 2005年12月開催 長野県飯山市 暮らしのフォーラム「まちづくりから楽しい高齢社会を考える?タウンモビリティを中心に」白石正明氏資料より
※2 1996年(平成8年)4月30日付けの日本経済新聞
※3 2005年の第一回研究会開催資料によれば、全国では38主体18都県で実施されていました。

参考URL
(財)国土技術研究センター 
白石氏発行「タウンモビリティ通信」のバックナンバー(13号から) 


松本大学でのレポート 協力・有限会社長野セニアカー販売

参考文献
タウンモビリティと賑わいまちづくり 学芸出版社